【詐欺師と道化師】
ひとを見下して。
ひとから見下されて。
他人を騙すのは俺の十八番。
自分でももちろんそう思っているけれど、他人からもしっかりそう見られていて、『要警戒人物』的視線が常に俺の周りを漂う。
別にそれをどうとも思わない。心地よいとも、気分が悪いとも、格好良いとも、我ながら嫌なヤツだとも。何故ならこれが『俺』だからだ。
どんな時も余裕の表情で、どんな困難も難なく切り抜ける。それはこの短い人生経験の中で培われた俺の才能の1つ。たとえそれが本心でなかったとしても。
しかし、最近どうも調子が悪い。
俺の技が、通用しない。
あいつは俺を『警戒』しない。
信じられない。
経験したことのない現実が今ここにある。
慌て、動揺する自分。それを遠くから眺めて不思議に思う、自分。
経験したことのない、感情。
あいつは余裕の表情で、どんな問題も何事でもないかのように片付けてゆく。
一見、必ずクラスに一人はいる学級委員長タイプだ。
簡単に手玉に取れると思っていた。
それなのに。
踊らされているのは俺の方?
悪戯してちょっかいを出したり、迷惑がられるのを楽しんでみたり。
いろいろしてみるけれど、ことごとくするりと躱される。
これは、こんなのは俺じゃない。あいつの隙を見つけることができないなんて。
何かの感情が邪魔をしている。…何か?
それに気付いたのは…ついこのあいだ。
…アホらしい。
あいつは気付いているんだろうか。
この『詐欺師』の牙を折った、あいつは。
しばらくは様子を見よう。
今日も何食わぬ顔で、俺に対する。きれいなかお。
いつか牙を取り戻す、その日まで。
【自分すら欺こうとする】
「それを現実逃避と言うんですよ」
しれっと、あいつはそう言った。
確かにそうだ。気付きたくない真実をさらりと言う。…あの口、塞いでやろうか。
物事の本質、というのは話さなかった。
けれど、気付きたくなかったから。どうにか違う方向へ思考を持って行かせてくれるかと相談してみたら、案の定。
「ちゃんと心と向き合って、正しいと思ったことをすればいいんです」
正しいこと?俺にとって『正しいこと』は、『自分に都合の良いように物事を進めること』だ。自分優位の方がいいに決まっている。
それができないから相談してるというのに。
まぁ、相談相手が悪かったか。なんでよりによってこいつを選んだんだか。これも調子狂ってるって、証拠か…。
自分をペテンにかけるのは、自己暗示と同じく可能だろう。
でも、できない。
きっと…純粋すぎて、できないんだろう。
天然ほど扱いにくい物はないって、よく聞くが。
その『天然』が、自分の心の内にあったとは。まさかよくも、こんな俺に。
さて、どうしたものか。
【決して人を愛しはしない】
だめだ。
俺は、もう理解できない。
自分がわからない。
酷い経験を、した。
それ以来『愛』なんて、『愛』に近い感情すら遠ざけるようになっていた。
生ぬるいガキの言う『愛』なんて大したことはないと大人は鼻で笑うかも知れないが。
『愛』はひとつじゃないんだよ。
…それなのに。
あいつの話すこと、あいつの動きに一瞬も目が離せない。
気がつくと目があいつを追いかけている。
自分でも嫌になるほどに。
そのおかげでアレができたというなら、そうなんだろう。いい副産物だ。
それでなくとも俺の観察眼、洞察力をもってすればいとも容易いことだが。
…そういえば、あの『入れ替わり』を提案した時、よく話に乗ってきたな。どう言いくるめてやろうか考えていたのに。
あまり逡巡もしていなかったようだ。
というか、妙にすんなり替わることができた。短い期間で。
演技力、……それだけ…か?
もしかして、見ていた?
俺と同じく?
…まさか、な。
【誰か、存在意義をください】
流れる時間に身を委ね、周囲にあまり関わり合うことなく、好きなことをして、可もなく不可もなく。
さらさら流れる川のように、ふわふわ浮かぶ雲のように。
そうして終わるのだろうと。
思っていた。
それで良かったのに。
触れてしまったから。
怖くなった。
ひとりきりで終わるのが。
誰の心にも残らないのが。
ここにいてもいいのなら。
誰かの心に残りたい。
こんな俺だけど。
そう願っても、いいですか。
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